昨年からSUPERGT GT300クラスにおいて台頭し、フル参戦二年目と言う比較的早い段階で年間チャンピオンを獲得するに至ったJAF-GT300 MC(以下マザーシャーシと記述)。現在はそのマザーシャーシ規格の車はFRレイアウトを採用する86MC×3チーム、そして国内有数のレーシングカーコンストラクター、ムーンクラフトが同様のモノコックそして定められた共通部品を使って「料理」したミッドシップのSGT‐EVORA×1台の計4台がエントリーし、GTA定例記者会見により来年はそこに新たに2台のマザーシャーシ規格のマシンが増える事が判明している。
そもそもマザーシャーシとはなんぞや?と言う話だが、エントラントの大半がプライベーターで占められているGT300クラスにおいて、本来開発自由度が高く、GT300の主役であったJAF-GT300(以下JAF-GTと記述)車両が年々速くなるスピードやベース車両から大幅に広がった開発範囲等、様々な理由によって減り、開発は全く不可能であるが、(各チームが弄れるのはセッティングのみである)安価で高性能、そして何より買ってさえできれば即レース参戦が可能で、使用後は海外に向け転売も可能と言う様々な利点を持つFIA‐GT3車両が大幅に増え、このままでは将来日本のレーシングガレージは自社でレーシングカーを開発して行く技術力を失ってしまうと言う危機感から生まれた規格である。
JAF-GTとの規則上の違いは
・GTA指定の共通部品(車体の中心構造となる:カーボンモノコック、ロールケージ、衝撃吸収構造体、エンジン、ギヤボックス等)を使用
・通常のJAF-GTで認められているエンジンの開発は不可能。そしてエネルギー回生システム(すなわちハイブリッドシステム)、四輪駆動システムの使用不可。
・ホイールベースをベース車両関係なく2750㎜±10㎜にし、ホイールベースをこれに合わせる場合はAピラー前とCピラーより後ろで調整しなければならない(JAF-GTではベース車両のホイールベースが2600㎜以下の場合は最大5%まで延長可能)
参照:(http://www.jaf.or.jp/msports/rules/image/2017regulation_race.pdf)
と言った点で、それ以外はJAF-GTと基本的に同一で年間通してのマシンのアップデートももちろん可能となっている。
各レーシングガレージがワンオフでマシンのフレームを製作するのは非常に高いコストと手間がかかるものの、それをGTAの指定共通部品を使えば通常のJAF-GTよりも遥かに安くマシンが製作できてしまうと言う訳だ。まさに「安価なJAF-GT」と言える規則である。
だが、マザーシャーシはそれ以外の願いも含まれている。それは「市販車のプロモーション」だ。モータースポーツとは技術を競う戦いの場でもあるが、同時にメーカーにとっては大切な広告塔である。SUPERGT以外でもアウディやプジョーはル・マンのフィールドでディーゼルエンジンの優秀性をアピールし、スバルはWRCで自社の商品の高性能さをアピールして海外でのブランド確立に成功している。また、GTカーに限らず俗に言う所のハコ車と呼ばれるカテゴリーでは多種多彩な車種バリエーションによる見た目上の華やかさも魅力の一つとして挙げられる。そこでマザーシャーシと言う規格では中身は同じでもボディ(すなわちアウターパネル、カウル)はどんな市販車の形の物でも乗せられるようにしようと言う事になった訳だ。FIA-GT3の導入が本格化した2012年より前から日本自動車レース工業会:JMIAが提言し、GT300へのマザーシャーシ導入きっかけの一つになったであろう「GT300用マザーシャーシの提案」にもその旨が記されている。
(参照:http://hayashiminoru.com/wp-content/uploads/2013/03/15_MOTHER_CHASSIS_for-GT300.pdf)
上述の提言では各車両への適合性の項目でオーバーフェンダー等で調整すれば各車両への適合は十分可能と記載されているが、その前段階で大きな落とし穴があった。
「メーカーからなかなか車両デザインの使用許可が下りない」
のである。
理論上はどんなボディでも被せる事は可能である。カローラだろうが、フェラーリだろうが、ランボルギーニだろうが、それこそ全長の問題さえクリアしてしまえば軽自動車のボディを載せる事だって可能だ。だがこのマザーシャーシ、メーカーのプロモーションを兼ねていると言う理由からかボディのベースとなる車両の使用許可をメーカーから得なければならないのだ。提言した側のJMIAもまさかそんなところに落とし穴があるとは思っていなかったであろう。現在もっとも多く使用され、GTAが販売している86のボディでさえも実際はトヨタ自動車から許可を得ている訳ではなく「黙認」されている状態だ。その証拠にトヨタのモータスポーツサイトにはメーカー支援の元開発されたプリウスGTとトヨタワークスたるTRDが開発したレクサスRC F GT3は「トヨタ車」としてチーム紹介リストに記載されているが、3台の86 MCの名はそこにはない。
(参照:http://toyotagazooracing.com/jp/supergt/teamdriver/)
「86 MCを掲載していないのはワークスチームではなく、プライベーターであるからでは?」
と思われるかもしれない。
だが、同サイトの企画「1994-2013 SUPER GT/JGTC PLAY BACK」には今年チャンピオンを
獲得し、当時から自社で開発を行っていた名門プライベーター、つちやエンジニアリングについての記事が掲載されている。
(参照:http://ms.toyota.co.jp/jp/gt/special/gt-history-1998-07-sugo.html)
すなわち86 MCはトヨタ車でありながら、トヨタ車ではないと言うなんとも奇妙な事になっているのだ。
一方、その真逆であるのがムーンクラフトが開発しカーズ東海が走らせるSGT-EVORAだ。この車はれっきとしたメーカーに認可されたマザーシャーシの車であり、日本のロータス販売元であるエルシーアイの公式HPにもチーム+ドライバー&戦績が掲載されている。
(参照:http://www.lotus-cars.jp/motorsport/super-gt/index.html)
これはエルシーアイ代表取締役にして同チームのドライバーである高橋一穂氏の存在があると言う事もあると思われる。また、来年マザーシャーシを使ったマークXで参戦すると噂されている埼玉トヨペット・グリーンブレイブも恐らく同チームのドライバーとなるであろう埼玉トヨペット代表取締役専務平沼貴之氏の働きかけによってマークXのデザイン使用許可が降りたのではないかと自分は考えている(もっとも本稿を執筆している2016 12/24 現在では埼玉トヨペット・グリーンブレイブの参戦もマザーシャーシを使ったマークXでの参戦も噂段階である。だが、来年1月の東京オートサロンにて同社が「ビッグな発表」があるらしいと言う事もあり私はほぼ確定であると見ている)
このようにマザーシャーシのボディの認可を受けるのは非常に難しく、エルシーアイの例のようなチームとメーカーに何かしら密接な関わりがない限り不可能であると言う問題が発生してしまうのである。これはメーカーとの関わりが薄いプライベートチームへ向けて作られたマザーシャーシと言う規格における矛盾点と言えるかもしれない。
「許可が取れないなら86 MCで走ればいいじゃない」
と言う声もあるかもしれないが、将来的にマザーシャーシが今以上に普及したとして1クラス30台程のカテゴリーで同一車種が10台、20台と走る姿はJMIAの提言でも述べられている用にハコ車レースとしてはなんとも奇怪な様相を呈する事になってしまうだろうし、各チームが自由に市販車のボディを載せたレーシングカーを作ると言うコンセプトにも反してしまう事になる。SUPERGTを観戦に来る観客達も戸惑ってしまうのではないだろうか。
では現在使われている86とエヴォーラ、そして噂されているマークX以外にどんな車種ならマザーシャーシのボディとして使用される可能性があるのだろうか?次の投稿で個人的に書いていきたいと思う。